
私ははじめに、彼には心を開きたい部分があるのと同時に人には見せたくない部分もあるだろうという推測を述べた。彼には言わなかったが、彼が自分の気持ちではなく「考え」について語ったことをも心にとめておいた。それはトムの感情を取り扱う上で慎重にすすめていかないということを示していたからだ。
私は更に「信頼」とは彼にとってどのようなものかを聞いた。
それは、心理学上で「信頼性」とは重要なものなのだが、それと同時に「信頼関係」とは人の創造によってある程度作られているものでもあるからである。それはクライアントが自分の期待を「信頼」し、セラピストがどのような人かというイメージを抱き、またある程度自分の体験に関して物事を描いていかないといけないからである。なので、クライアントの言っていることを必ずしも真に受けてしまわないように注意しないといけない。
彼は自分が裏切られた場面についていくつか語ったが、それらはどれもビジネスでのシーンだったので、私と彼との間でいう「信頼関係」とはどのようなものを想像しているのかを説明してもらった。それはゲシュタルト法ではいつも「わたしとあなた」、「今おかれている立場」に焦点をおくようにしているからである。彼は「あなたの人生の決断や心理学者として働いている理由をしりたい」と言ったので、私は自分が今の仕事をしている理由をいくつか挙げた。それらは人に仕えること、効果的なセラピーを行うこと、未解決の心の問題を解決すること、楽しむこと、自分の給与を得ることなど、だと言った。私が今の仕事をする上での決意や考えを包み隠さず話したので、トムは納得してくれた。
私は彼の今抱えている問題について聞くと、元妻のことだと言った。その言葉を発した途端、彼は感情的になってしまった。私はそれをトムに指摘したが、彼は何も言わなかった。
しかし今の状況を説明し、彼らには息子がいる事を話した。彼は家庭を築くためにちょうど良い場所を探そうと頑張っていたのだが、元妻はトムの見つけたところはどこも好まず、また自分からも探そうとしなかった。とうとうトムは怒りがたまり、元妻に「俺たちが一緒に住むためは二人が納得いくところを探さないといけない。色々な候補を探しだしてみて、君の意見も取り入れたいから考えてくれ。」と言ったのだった。しかし彼女は何も答えをださず、彼らはとうとう考えが一致することなく別れてしまった。
更には、彼らが別居し、その後離婚をしてからは、元妻は彼と全く話しをせず、また息子の面倒も見たがらなかった。そのためトムたちは父子家庭になり、彼女は今13歳になる息子を年に何回か訪れるだけだった。
今週末は元妻がくる週だったが、息子は母親に会いたがらなかった。
トムがこれらのことを語っているとき、彼の目には感情があふれていたが、私がこの事を指摘すると彼は必ず「私は今落ち着いています」と言った。
この苦しい状況の中で解決法を探るには、彼の「心の未解決の問題」を取り扱う必要があると指摘した。また、そのためにはトムが自分の気持ちと向き合わないといけないことも指摘した。だが彼はいずれも無口のままだった。私はトムの助けになるかと思い、彼が今感じているであろう感情をいくつか並べてみた。それらは哀しみ、後悔、怒り、いらいら(フラストレーション)などだった。
彼はうなずき、特にいらいら(フラストレーション)を感じていると言ったのでわたしは体のどの部分でそれを感じるかを指すように言った。彼は自分の腹部を指したので、その感情をそのまま保つようにと言ったが、彼はまたもや「落ち着きを取り戻した」と言った。
なので私は彼にもう一度腹部に感じるフラストレーションが具体的にどこにあるかを感じるように言い、彼はある一定の場所でだけ感じると言った。それはあばらの下の部分で、そこから上は「平静」なのだという。
私はこれはゲシュタルト法で呼ばれる「創造的調節」であり、私たちが困難な状況に陥ったとき、圧倒されてしまわないように「冷静さのバリア」を張るのだと説明した。この対策法はその時は有効なのだが、時が経つにつれ、私たちのくせになってしまい、そのうち役立たずになってしまう。ゲシュタルト法ではこれを「抵抗(resistance)」と呼び、私たちが今の状況から目をそらすために用いることがある。これらのものは人間には必要であり役に立つものであるが、もっと意識的に取り扱う必要がある。
私はトムにこれらの事を説明し、かつては彼の「バリア」は有効的だったが、今になっては他の方法で自分自身の気持ちと向き合わないといつまでも未解決のままであると指摘した。また、そのためには彼の協力と彼が以前語った「人生の目的や決意」を知り、彼自身のモチベーションが必要だと言った。
彼はうなずいたが、私の助けが無いとなかなか難しいことは分かった。なので、私は彼に同情を示し、今彼のおかれている状況がどんなにかつらいだろうか、と語りかけた。私は自分自身のつらかった体験を語り、彼が今おかれている状況で様々な強い感情を感じているであろうことを言った。
また元妻の言動からはなぜ彼女がそのように無関心のままであったか理解できなかったので、トム自身の努力も必要だと指摘した。彼も元妻の行動は理解できなかったが、半分あきらめていて、しょうがないのでありのままで受け入れる、と言った。確かに彼が言っていることは正しいが、それでもトムは自分の気持ちをきちんと整理する必要があり、ここの部分は「冷静さのバリア」で守られていない部分であることを指摘した。また、怒りが彼の代わりに息子の中にでてきているということも指摘した。
これらのことを全て述べてから、もう一度自分の腹部に感じる感情を言葉にするように言った。トムは「怒りがある」と言い、私はそれらの感情を何かに例えるように言った。
彼は「肉入り蒸し団子(dumpling)」と言ったので、私はそれを説明するようにお願いした。彼は外側は皮に穴があいていて、中には身が詰まっているさまを語った。中の身は「黒いもの」。それは、彼の感情の中枢となる部分だった。私が彼に「黒い身の部分」に成りすますように言うと、彼は自分の心には「黒いもの」の破片があると語った。
私は彼のこの言葉を聞き、トムとのセラピーは思っていたよりも長くなることが分かったので、彼にそれを伝えた。
こう伝えた後、彼にその「黒い」かけらの部分に意識を集中するように言った。彼はだんだん感情的になり、「でも彼女(元妻)は私の心のこの部分はどうでもいいのだ」と言ったので、私は「いいえ、今わたしはあなたとともにいて、あなたの心の声に耳を傾けています」と答えた。
私たちはしばらくその場でお互いの存在を感じ取った。今回は彼の目に怒りがあらわであるのが分かった。彼はやっと私に自分の感情を見せることができたからだ。
しかしすぐにまた「心が落ち着きました」と言った。
これが彼の創造的調節(creative adjustment)であり、つまり自分が受け止められるだけの感情を感じると同時に自分の怒りと少しずつ向き合いはじめていたのだ。
トムとのセラピーはこのような一連を何度も何度も繰り返し、ゆっくりと彼の心につもった怒りを出して行く必要があると私は分かった。このようにしばらく時間をかける必要がある時もクライアントにそのことを明確に伝えることはとても大切である。私たちは今回のセッションで多くのことを達成したが、まだまだ課題は残っていた。
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