私は彼のことがとても心配になり、自分が見て感じたことを伝え、彼が今どのような気持ちでいるのかを尋ねた。
だが、彼はカウンセリングを受ける事にすこし緊張しているだけだと答え、他には何も言わなかった。
なので私は彼が子供の頃暴力を受けたか聞いた。
「いいえ」と彼は答えた。
また、何かひどく恐ろしい経験をしたかを聞いてみた。
「いいえ」と彼は答えた。
何か思い当たることで彼を苦しめるようなことは何かあったかを聞いてみた。
「いいえ」とまた彼は答えた。
彼は自分は子供の頃とても恥ずかしがりやだったと言った。もしかするとこれが原因なのかもしれなかった。彼はただコンタクトを持つのが苦手だったのかもしれない。
いつもはこのような言い分を受け入れるのだが、今回はなんだかしっくりこなかった。彼の表情はあまりにも苦しみに満ちていたからっだ。でもゲシュタルトでは「抵抗」しているものを無理矢理引き出そうとはしない。だから私はそれ以上何も聞かなかった。
彼がそれ以上言わなかったので、私は別のの手段をとって見た。
彼に上向きで寝転がる様にいい、彼の隣に座った。
彼に深呼吸をし、自分の呼吸を感じ取るようにと言った。
私は彼の呼吸にどこか異常なところはないか耳を傾けたが、どこも異常はなかった。彼に何か感じるかを聞くと、ただ息をすって吐いているのを感じる、と言った。
私は彼が自分の心の動きに敏感ではないことが分かってきたので、もっと彼を観察し、質問をすることにした。
彼は腹部あたりでむなしい気持ちがただよっていると言ったので私は彼のお腹に手をあてたが、それ以上は何も起こらなかった。彼は自分の心のうちをうまく隠していて、彼の心のキーを見つけるにはだいぶ時間がかかりそうだった。
彼の目はとじているのにしきりに動いていた。なので、わたしが彼の許可を得て、自分の手を彼の目の上にしばらくおいていると彼は下腹部が冷たくなってきたと訴えたので、私は彼の下腹部にも手をあてた。
私は彼に目をあけ私を見るように言った。彼は私をしばらく見つめた後、天井をみて、暗くて冷たい薄暗い街灯が見えると言った。
彼はやっと、具体的な「像」を見せてくれた。彼に私を見続けるようにと言い、どのように感じるかを聞くと胸の中が暖かくなってきたと言ったので、彼の胸にも手をあてた。
私は「街灯がだんだん明るくなってきましたよ」と言い、胸の中にある体温を下腹部に移動させるように指示した。こうして街灯が明るくなっていくにつれ私たちの関係も深まり、さらに彼の体もだんだん暖まってくるのだと言った。私は彼に体温を足のほうまで移動させるようにと言ったが、足のつま先まではなかなか行かなかったので、他の人に彼の足を覆ってもらった。
彼はやっと体全体に暖かさを感じた。
彼が起き上がると目は以前とは全く違い、はっきり、くっきりとしていて目を見開いていた。私は自分が観察したことを彼に伝えた。
彼にまわりにいる人達何人かを見て、彼らとのつながりを感じ取るように言った。彼のエネルギーは明るくあたたかいもので、彼は新しい何かを彼らとの間に感じ取ることができた。
クライアントを取り扱う上で、彼らがどのような症状を持っているかや、彼らの背景、過去を知らなくても、彼らの体内で起こっていることをとりあつかえば、今一番注意を必要としているものが自然と浮き上がってくる。
繰り返し言うが、私たちは「図」が何であるか分からなくても良いのだ。ただクライアントの中から浮き上がってくるものを取り扱い、クライアントを支える事で十分だと思う。もちろん、クライアントの体内の中にある気持ちなどを取り扱う時はもう少し時間がかかるがそれも承知しておかなければいけない。
結論としては、何事も最終的には人間関係へと結びつけていくことだ。ゲシュタルトではそのようなものが中心的であり、「気づき」と「コンタクト」に焦点をおいている。
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