2016年3月8日火曜日
Case #67 - 古風な結婚生活か、それとも「今風」の結婚生活か
ハンとユエンは婚約をしていて、彼女は35歳、彼は43歳だった。彼らは二人で解決できない意見のぶつかりあいがあり、私のところに来たのだった。それは、ハンは結婚した後も母親が一緒に住むことを希望していたのだが、ユエンはそれに絶対反対していたからだ。
私は二人のことをもう少し詳しく聞いてから、結婚にあたり一番心配なことは何か、と聞くと二人ともこの問題が一番大きな心配ごとだと答えた。
しかし、彼らは結婚にあたり他にも色々と話し合っていないことがあるのがわかった。そのため私はひとまず今の問題はおき、もう少し広い範囲で物事を見てみよう、と提案した。まず、二人が中国でよくある古風な結婚をどれだけ重視しているか見るため、あるアクティビティを提案した。それは、ひとつの端はかなり伝統的な結婚スタイル、もうひとつの端は今風の結婚スタイルとし、二人がその中でどのように結婚を考えているか判断するものだった。ハンは70%「とても古風な結婚スタイル」で、ユエンはその逆で70%「今風の結婚スタイル」という考えだった。
となると、彼らの間には今の問題よりももっと根本的な問題があり、これからもお互いの考え方の違いによりこれから大きな問題になる可能性はありゆるということを言った。私は彼らに自分の結婚に対する思いを短く述べてもらうことにした。ハンは相手の家族とうまくいくことだった。また彼はユエンには「優しく、女性らしいやわらかさを持っていてほしい」と言った。ユエンは二人が家族から離れ、夫婦としての新しい人生を歩みだすことだったし、彼女は家族にとやかく言われるのではなく、自分で物事を決めていきたいといった。
そこで私は二人に、まず「私の思っていることとあなたの意見は違うから、色々と難しいね。」と言うように促した。こうすることにより、まずはお互いに違いがあることを認めることができるからだ。ハンは最後に「そして君が変わってくれることを願うよ。」と付け足そうとしたが、私は彼をとめた。男女の間でよくある問題は、相手がいずれ変わってくれることを願っているということだった。
なので今度は別の言い方をしてもらった。それは「私たちの間には考え方の違いがあり、私はあなたの考え方に賛成しないかもしれない。でもあなたの立場を尊重する」と。
この言葉は二人ともなかなか言えなく、とくにユエンはこう言うことにより自分の考え方をまったく変えないといけないかのように思ってしまい、なかなか言いたくなかった。しかし、私が「尊重する」というのは相手の考えに屈するということでは無いと説明すると、彼女はやっとその言葉を発することができた。これらの言葉を発しながら、二人とも自分の心の底にある思いがわきでてきた。彼らは相手を変えようと努力するのではなく、ただ相手をそのまま受け入れないといけなかったのだ。このことはいつも男女の間では大きな問題になっている。
しかし、私はユエンが古風な結婚生活を嫌がるのもわからないことはなかった。彼女は家を自分たちだけの住まいにすることに執着していただけではなく、まだ男尊女卑が残る社会でのゆえ、伝統的な考えを持つハンの家族の中で生活し押しつぶされてしまうのが怖かったのだ。
そこで私はジョン・ゴットマン氏の結婚生活に関しての研究結果についてハンに話した。それは男性が奥さんの意見を聞く結婚生活のほうがうまくいっている、という研究結果だった。理由は、一般的な社会生活の中で男性のほうが女性より権利があるからである。
そして私は彼らがこの問題においてお互い同意できる解決策を見つけられるよう、話し合いを促した。確かに物事によってはどちらか選択しないといけないが、クリエイティブな解決策を探しもとめることができる物事もある。
ユエンは最低限、夜は二人だけがいいと言った。
ハンの母親は今までも下の階にある部屋を仕事部屋として使用していたので、昼の間だけ母が来るのはどうか、と提案した。
私は彼女がどう答えるか待った。ユエンは、たまに両親が夕飯に食事にきても構わないが、週末は基本的に二人きりがいいと言った。
ハンはかたい契約書のように色々なルールを作るのはいやだ、と言った。しかし私はお互い同意するためにはしっかりとした境界線を定めるのが重要であることを伝えた。なので二人はしばらくの間話し合い、やっと同意することができた。
なのにハンは急に暗い顔をした。話し合いは案外うまくいき、今までお互い懸念していたことも話し合うことができ、やっと意見をあわせることができたのだ。
なのに、ハンは「どうやって母さんに説明すればいいんだ」と急に言い出した。彼はふたつの大切なものの間に挟まれていて、どうすればいいかわからなかった。
ユエンも泣き出し悲嘆に暮れ始めた。彼女はハンがもとの考えにもどってしまい、古風な考えをまたおしつけてくるのではないかと心配しはじめた。そして彼に文句をいいはじめた。
私は文句を言い始めた彼女をとめて、彼の表情を見るようにと言った。彼女は怒りと恐怖でいっぱいいっぱいだったので、彼を見つめることがなかなかできなかった。両人ともが苦痛の中にいる時は、自分の思いをいったんおき、相手のことを考えるというのは非常に難しいことだ。
ハンは自分の家族に対しての義務感とフィアンセを一番にしたいという二つのものを目の前にし、なんとかしようともがいていたので、セラピーに行く事を提案し、彼よりも心理学的な知識があったユエンに、私はあえてこのようにするよう言った。また彼女が彼を見つめ、彼が今どのような表情をしているかしっかりと見ることができるよう、彼女に集中し、アドバイスをした。私はユエンに、今起こっていることに全神経を向け、彼が今経験している悩みを感じとるようにと言った。それは彼女にとっては非常に難しいことだったが、私は彼女を励まし続けた。私は「愛」という言葉を出し、「あたは彼が今とても悩んでいるということを分かってあげることはできますか?違いがあったとしても、ただ彼をその悩みも一緒に、彼であるからこそ愛することはできますか?」と言った。
彼女はその時自分の恐れを手放すことができ、心に大きな変化が起きた。そして「私たちは必ずしも同じ考えを持っているわけではないけど、あなたを愛するという決断は絶対に忘れないわ」と言った。この瞬間、ふたりの間に深い絆がうまれ、私も思わず感動して涙してしまった。彼らはこの問題を二人で通り抜けることができ、またそれを通してお互いの愛を深めるだけでなく、愛の許容範囲を大きく広げることができた。二人とも自分にとって未知の世界へと飛び込み、そして最後には「新しいところ」へ到達することができたのだ。
私はこれからも二人は様々な問題にぶつかることがあるだろう、と言ったが、これからはどのようにその問題に向き合っていったらいいか心得ているので大丈夫だと言った。
ゲシュタルト法では二つのものがどこかで交わり合うものとして、「違い」という要素に目を向けている。この「違い」の中で接点を見つけるためには自分自身のセルフサポートと相手に対しての興味が必要となってくる。ほとんどの人にとってこれは難しいことで、彼らがこのようにするためにはセラピストなどのサポートが必要となる。このサポートは「具体的にどうするか」という「実践的」なサポートと、その人の心をどう扱うかという「感情」のサポートが必要となってくる。「相違」に直面するということはなかなか難しいことで、怒りを感じたり、怒りや恐怖のなかでふるえる人もいる。今回の場合、ユエンが今起こっていることの中でハンを見つめ、彼を受け入れることができたため、不可能と思われる状況を変えることができたのだ。
私は二人のことをもう少し詳しく聞いてから、結婚にあたり一番心配なことは何か、と聞くと二人ともこの問題が一番大きな心配ごとだと答えた。
しかし、彼らは結婚にあたり他にも色々と話し合っていないことがあるのがわかった。そのため私はひとまず今の問題はおき、もう少し広い範囲で物事を見てみよう、と提案した。まず、二人が中国でよくある古風な結婚をどれだけ重視しているか見るため、あるアクティビティを提案した。それは、ひとつの端はかなり伝統的な結婚スタイル、もうひとつの端は今風の結婚スタイルとし、二人がその中でどのように結婚を考えているか判断するものだった。ハンは70%「とても古風な結婚スタイル」で、ユエンはその逆で70%「今風の結婚スタイル」という考えだった。
となると、彼らの間には今の問題よりももっと根本的な問題があり、これからもお互いの考え方の違いによりこれから大きな問題になる可能性はありゆるということを言った。私は彼らに自分の結婚に対する思いを短く述べてもらうことにした。ハンは相手の家族とうまくいくことだった。また彼はユエンには「優しく、女性らしいやわらかさを持っていてほしい」と言った。ユエンは二人が家族から離れ、夫婦としての新しい人生を歩みだすことだったし、彼女は家族にとやかく言われるのではなく、自分で物事を決めていきたいといった。
そこで私は二人に、まず「私の思っていることとあなたの意見は違うから、色々と難しいね。」と言うように促した。こうすることにより、まずはお互いに違いがあることを認めることができるからだ。ハンは最後に「そして君が変わってくれることを願うよ。」と付け足そうとしたが、私は彼をとめた。男女の間でよくある問題は、相手がいずれ変わってくれることを願っているということだった。
なので今度は別の言い方をしてもらった。それは「私たちの間には考え方の違いがあり、私はあなたの考え方に賛成しないかもしれない。でもあなたの立場を尊重する」と。
この言葉は二人ともなかなか言えなく、とくにユエンはこう言うことにより自分の考え方をまったく変えないといけないかのように思ってしまい、なかなか言いたくなかった。しかし、私が「尊重する」というのは相手の考えに屈するということでは無いと説明すると、彼女はやっとその言葉を発することができた。これらの言葉を発しながら、二人とも自分の心の底にある思いがわきでてきた。彼らは相手を変えようと努力するのではなく、ただ相手をそのまま受け入れないといけなかったのだ。このことはいつも男女の間では大きな問題になっている。
しかし、私はユエンが古風な結婚生活を嫌がるのもわからないことはなかった。彼女は家を自分たちだけの住まいにすることに執着していただけではなく、まだ男尊女卑が残る社会でのゆえ、伝統的な考えを持つハンの家族の中で生活し押しつぶされてしまうのが怖かったのだ。
そこで私はジョン・ゴットマン氏の結婚生活に関しての研究結果についてハンに話した。それは男性が奥さんの意見を聞く結婚生活のほうがうまくいっている、という研究結果だった。理由は、一般的な社会生活の中で男性のほうが女性より権利があるからである。
そして私は彼らがこの問題においてお互い同意できる解決策を見つけられるよう、話し合いを促した。確かに物事によってはどちらか選択しないといけないが、クリエイティブな解決策を探しもとめることができる物事もある。
ユエンは最低限、夜は二人だけがいいと言った。
ハンの母親は今までも下の階にある部屋を仕事部屋として使用していたので、昼の間だけ母が来るのはどうか、と提案した。
私は彼女がどう答えるか待った。ユエンは、たまに両親が夕飯に食事にきても構わないが、週末は基本的に二人きりがいいと言った。
ハンはかたい契約書のように色々なルールを作るのはいやだ、と言った。しかし私はお互い同意するためにはしっかりとした境界線を定めるのが重要であることを伝えた。なので二人はしばらくの間話し合い、やっと同意することができた。
なのにハンは急に暗い顔をした。話し合いは案外うまくいき、今までお互い懸念していたことも話し合うことができ、やっと意見をあわせることができたのだ。
なのに、ハンは「どうやって母さんに説明すればいいんだ」と急に言い出した。彼はふたつの大切なものの間に挟まれていて、どうすればいいかわからなかった。
ユエンも泣き出し悲嘆に暮れ始めた。彼女はハンがもとの考えにもどってしまい、古風な考えをまたおしつけてくるのではないかと心配しはじめた。そして彼に文句をいいはじめた。
私は文句を言い始めた彼女をとめて、彼の表情を見るようにと言った。彼女は怒りと恐怖でいっぱいいっぱいだったので、彼を見つめることがなかなかできなかった。両人ともが苦痛の中にいる時は、自分の思いをいったんおき、相手のことを考えるというのは非常に難しいことだ。
ハンは自分の家族に対しての義務感とフィアンセを一番にしたいという二つのものを目の前にし、なんとかしようともがいていたので、セラピーに行く事を提案し、彼よりも心理学的な知識があったユエンに、私はあえてこのようにするよう言った。また彼女が彼を見つめ、彼が今どのような表情をしているかしっかりと見ることができるよう、彼女に集中し、アドバイスをした。私はユエンに、今起こっていることに全神経を向け、彼が今経験している悩みを感じとるようにと言った。それは彼女にとっては非常に難しいことだったが、私は彼女を励まし続けた。私は「愛」という言葉を出し、「あたは彼が今とても悩んでいるということを分かってあげることはできますか?違いがあったとしても、ただ彼をその悩みも一緒に、彼であるからこそ愛することはできますか?」と言った。
彼女はその時自分の恐れを手放すことができ、心に大きな変化が起きた。そして「私たちは必ずしも同じ考えを持っているわけではないけど、あなたを愛するという決断は絶対に忘れないわ」と言った。この瞬間、ふたりの間に深い絆がうまれ、私も思わず感動して涙してしまった。彼らはこの問題を二人で通り抜けることができ、またそれを通してお互いの愛を深めるだけでなく、愛の許容範囲を大きく広げることができた。二人とも自分にとって未知の世界へと飛び込み、そして最後には「新しいところ」へ到達することができたのだ。
私はこれからも二人は様々な問題にぶつかることがあるだろう、と言ったが、これからはどのようにその問題に向き合っていったらいいか心得ているので大丈夫だと言った。
ゲシュタルト法では二つのものがどこかで交わり合うものとして、「違い」という要素に目を向けている。この「違い」の中で接点を見つけるためには自分自身のセルフサポートと相手に対しての興味が必要となってくる。ほとんどの人にとってこれは難しいことで、彼らがこのようにするためにはセラピストなどのサポートが必要となる。このサポートは「具体的にどうするか」という「実践的」なサポートと、その人の心をどう扱うかという「感情」のサポートが必要となってくる。「相違」に直面するということはなかなか難しいことで、怒りを感じたり、怒りや恐怖のなかでふるえる人もいる。今回の場合、ユエンが今起こっていることの中でハンを見つめ、彼を受け入れることができたため、不可能と思われる状況を変えることができたのだ。
2016年2月23日火曜日
Case #66 - おもいっきり殻を破る

ピングは自分がどのような家庭で育ったかを話し始めた。彼女の祖父母は男の子がほしかったので、彼女や女兄弟のことはどうでもよいかのように扱われた。
また、彼女は両親からも愛を感じ取ることができなかった。彼女の母親は彼女を育てたが、愛情表現には乏しかった。また父親は彼女のことを抱きしめることはしなかった。
彼女が8歳のときにおきたある事件について話してくれた。母が彼女に着替えをさせていたのだが、ピングは違う色のワンピースを着たかった。どういう理由か彼女の声を聞いて父がおきてきたのだが、彼は急に怒り出し彼女をつかみ階段の下へ投げ落としたのだ。彼女の顔は血だらけだったが、ピングはそれでも学校へ行かないといけなかった。彼女の先生は心配はしたが、特になにもしなかった。彼女は家に帰りたくなかったので洞窟に隠れていた。そのことを誰かが母親に言い、母が迎えにきた。彼女のことを哀れに思い母は涙を流したが、父はそれでも悪気を示さなかった。
彼女は子供のころの話を語りながら、どんなにか自分の心の中に痛みがあるかを話し、涙した。私は彼女に対し優しく接していたが、彼女は自分の痛みでいっぱいで私が優しく接してあげていることにはあまり気づいていなかった。
私は彼女に私が男性であるという事実を改めて伝えた。しかし、彼女の話を聞いて、男性である私自身も心が痛いということも伝えた。ただ、彼女を傷つけたのは父親であり、本来は彼女を守るべき存在である「親」という存在に傷つけられたのだから、私が彼女のことを助けようとしていても、やはりどうしても父親とのイメージを重ねてしまうところがあるのではないか、と言った。
ピングはうなずき、また涙が頬を伝った。彼女は自立し、他の人が決めた人生ではなく、自分が決めた道を歩んでいきたい、と言った。
なので私は彼女の意見に賛成し、私ができることは可能な限りしてあげたいといった。
すると彼女は今、母親から結婚をせまれれていて、そのせいで仕事も結婚できるような環境にもっていこうとしていることを言った。
彼女の話を聞きながら、私は常に現在へと彼女の焦点を戻し、私が男性であり、なおかつ彼女を助けてあげようとしていることも確認させようとした。
彼女は何回か息を止めることがあったので、私は幾度か彼女の呼吸に注意するよう促した。こうして常にエネルギーが循環していないと、心の入れ替わりを自分のものにすることはできなかったからだ。
ピングは人に左右されるのではなく、自分で決めた人生を歩み、「家族の期待」という息詰る枠の中から抜け出したいといった。
そこで私は彼女にちょっとしたアクティビティを提案した。
私たちは二人ともたって、まわりに見えない円(囲い)を描いた。私は彼女の手をとり彼女の自主性を後押ししていることを改めて伝えた。家族関係の中で、このようなサポートは特に父親からのものを人は必要としているのだが、彼女の場合はそれがなく、また家族から多くの愛情を感じとるという経験もなかった。なので、この場合は私がどちらの役割も担っていた。
そしてしばらく時間はかかったが、彼女はやっとその「囲い」から抜け出すことができ、私も彼女につづいて囲いを出た。やっと殻を破ることができた彼女の両手をとり私はこう言った。「きみはやっと、自分が決めた基準で男性を選ぶことができるのだよ。だから、これからは男の人に思い切り愛してもらい大切にしてもらうことを選びとることをしてください。」
彼女が無意識に父のような男の人と一緒にならないように、私はあえてこのように言った。するとピングは「私はそのような人と一緒になりたいと思うし、男性にそのようなものを求めていくようにするわ。」と答えた。
彼女の言い方はなんとなく受身で自分が選ぶよりは相手にお願いをするという言い方だったので、私は彼女にもう一度言いかえてみるように言った。そして彼女に自分の境界線、最低限彼女が何を求めているのかをはっきりと言わせ、もう一度言い直すように促した。
このようにはっきりと言葉にすることにより、彼女は心に安堵を感じることができた。それはありふれたものであったが、彼女がずっと心の奥底で求めていたものだった。
ゲシュタルト法のセラピーにおいては、いつも「統合」に焦点をおいており、無意識に潜在するものを意識化し、さきほどのようなアクティビティを通し、一歩一歩人格の統合へと導いていく。
また、彼女は両親からも愛を感じ取ることができなかった。彼女の母親は彼女を育てたが、愛情表現には乏しかった。また父親は彼女のことを抱きしめることはしなかった。
彼女が8歳のときにおきたある事件について話してくれた。母が彼女に着替えをさせていたのだが、ピングは違う色のワンピースを着たかった。どういう理由か彼女の声を聞いて父がおきてきたのだが、彼は急に怒り出し彼女をつかみ階段の下へ投げ落としたのだ。彼女の顔は血だらけだったが、ピングはそれでも学校へ行かないといけなかった。彼女の先生は心配はしたが、特になにもしなかった。彼女は家に帰りたくなかったので洞窟に隠れていた。そのことを誰かが母親に言い、母が迎えにきた。彼女のことを哀れに思い母は涙を流したが、父はそれでも悪気を示さなかった。
彼女は子供のころの話を語りながら、どんなにか自分の心の中に痛みがあるかを話し、涙した。私は彼女に対し優しく接していたが、彼女は自分の痛みでいっぱいで私が優しく接してあげていることにはあまり気づいていなかった。
私は彼女に私が男性であるという事実を改めて伝えた。しかし、彼女の話を聞いて、男性である私自身も心が痛いということも伝えた。ただ、彼女を傷つけたのは父親であり、本来は彼女を守るべき存在である「親」という存在に傷つけられたのだから、私が彼女のことを助けようとしていても、やはりどうしても父親とのイメージを重ねてしまうところがあるのではないか、と言った。
ピングはうなずき、また涙が頬を伝った。彼女は自立し、他の人が決めた人生ではなく、自分が決めた道を歩んでいきたい、と言った。
なので私は彼女の意見に賛成し、私ができることは可能な限りしてあげたいといった。
すると彼女は今、母親から結婚をせまれれていて、そのせいで仕事も結婚できるような環境にもっていこうとしていることを言った。
彼女の話を聞きながら、私は常に現在へと彼女の焦点を戻し、私が男性であり、なおかつ彼女を助けてあげようとしていることも確認させようとした。
彼女は何回か息を止めることがあったので、私は幾度か彼女の呼吸に注意するよう促した。こうして常にエネルギーが循環していないと、心の入れ替わりを自分のものにすることはできなかったからだ。
ピングは人に左右されるのではなく、自分で決めた人生を歩み、「家族の期待」という息詰る枠の中から抜け出したいといった。
そこで私は彼女にちょっとしたアクティビティを提案した。
私たちは二人ともたって、まわりに見えない円(囲い)を描いた。私は彼女の手をとり彼女の自主性を後押ししていることを改めて伝えた。家族関係の中で、このようなサポートは特に父親からのものを人は必要としているのだが、彼女の場合はそれがなく、また家族から多くの愛情を感じとるという経験もなかった。なので、この場合は私がどちらの役割も担っていた。
そしてしばらく時間はかかったが、彼女はやっとその「囲い」から抜け出すことができ、私も彼女につづいて囲いを出た。やっと殻を破ることができた彼女の両手をとり私はこう言った。「きみはやっと、自分が決めた基準で男性を選ぶことができるのだよ。だから、これからは男の人に思い切り愛してもらい大切にしてもらうことを選びとることをしてください。」
彼女が無意識に父のような男の人と一緒にならないように、私はあえてこのように言った。するとピングは「私はそのような人と一緒になりたいと思うし、男性にそのようなものを求めていくようにするわ。」と答えた。
彼女の言い方はなんとなく受身で自分が選ぶよりは相手にお願いをするという言い方だったので、私は彼女にもう一度言いかえてみるように言った。そして彼女に自分の境界線、最低限彼女が何を求めているのかをはっきりと言わせ、もう一度言い直すように促した。
このようにはっきりと言葉にすることにより、彼女は心に安堵を感じることができた。それはありふれたものであったが、彼女がずっと心の奥底で求めていたものだった。
ゲシュタルト法のセラピーにおいては、いつも「統合」に焦点をおいており、無意識に潜在するものを意識化し、さきほどのようなアクティビティを通し、一歩一歩人格の統合へと導いていく。
2016年2月15日月曜日
Case #65 - 屈折した親子のつながり

キャシーの母親はかなり情緒不安定だった。子供の頃、彼女の母親はいつも子供達を非難し、子供達に対して攻撃的で、何かあるごとにキャシーと兄弟達のせいにしていた。彼女は子供達の心を傷つけ、また子供達が母の愛を必要としている時にもそれを与えることができなかった。そのような情緒不安定でいつも怒りに満ちた母と暮らすのはとてもつらかった。しかし母は時には気前がよく、優しく、子供達の身の回りの必要を世話することもあった。
キャシーはこのような幼少期を過ごしたため、結婚生活の中でも色々な問題があった。彼女は時には愛情に満ちあふれていたが、時にはとても疑い深くなり、母親のように情緒不安定で相手を非難することもあった。彼女は自分が母親と同じようになってしまったことに恐れを感じ、それが夫を傷つけていることも知っていた。
しかし彼女はなかなかその悪循環から抜け出すことができなかった。そしてなにかのはずみで感情的になると、母親のように批判的で怒りに満ちた自分にどうしてももどってしまうのだ。しかし彼女はこのような自分が夫婦関係を破壊しているのが分かっていたので、私に助けを求めてきた。
ゲシュタルトでは問題から逃げるよりもその問題を突き止めるべく面と向かって対立していくのです。キャシーの「問題」は、自分がなりたくないものになりつつある、ということだった。問題の一部として「母親のような自分」に対して抵抗がある、というのも見られるが、彼女が自分の人格を変えることは求めていない。もし彼女を全く別の人格へ変えようとするのであれば、問題を面と向かって見つめるのではなく、ただそれに「適用して」いき、本当の解決にはならないからだ。
私がキャシーの母親の行動は嗜虐的であると指摘すると、キャシーは同意した。私は更に、キャシー自身の行動も同じような性質があるといった。これは少しきつい言い方だったが、キャシーは自分の行動がまわりにどのような影響を与えているか分かっていたので、私の言いたいことを理解してくれた。
なのでわたしは彼女に「わたしが今感じている痛みをあなたにも感じて欲しい」と言葉にするよう促した。こうすることで今までの嗜虐的な関係をあらわにすることができ、彼女自身に自分の気持ちを理解させようとした。キャシーの母親も「母と同じようになった」キャシーも、お互い非常な痛みをかかえており、二人の嗜虐的な行動は心の奥底にある痛みを表していた。
キャシーは少し躊躇したが、私が言った言葉を口にしてみた。それを言葉にすることで、自分は今まで「痛みの中に生きてきたのだ」ということを改めて感じ取った。
こうして自分自身の嗜虐性と向き合うことで、それにコントロールされるのではなく、キャシーが自分の行動をコントロールすることができるようになった。
私はもう少し難易度をあげ、今度はキャシーが感情的になっている時を過程し、そのシチュエーションの中で夫に語りかけているのを想像するように促した。彼女はさきほどと同じ言葉を繰り返した。私はキャシーに自分の感情にふりまわされず、しっかりと自分の感情を見つめ、今体の中にどのようなものを感じるかを考える様うながした。
彼女は吐き気と憎しみ、そして羞恥心と同時に快楽を感じると言った。
これらの言葉はまさに彼女が感情的になっている時の気持ちを言い表していた。こうして「嗜虐性」に真っ向から体当たりしその人の感情を引き出すことにより、ただ何が起きているかを話すのではなく、物事の中核へ到達することができる。自分の中で何が起きているか、その中心にキャシーをたたせることで、実存主義へと導くことができる。今度は彼女にゆっくりと呼吸をし、体の中心を見つけるよう促した。そして、彼女の母親が嗜虐的な笑みを浮かべているのを想像するように言った。彼女はまたもや吐き気と、緊張感と不安を感じた。そこで私は彼女に自分を強くしてくれるものを想像するように言うと、彼女はお釈迦様を思い浮かべた。お釈迦様を思い浮かべると彼女は落ち着きをとりもどした。
次に私はキャシーに母親を思い浮かべそこからでてくる感情を感じ取り、今度はお釈迦様を思い浮かべ、気持ちを落ち着ける、その一覧の動作を繰り返すよう促した。
そして心の中で思い浮かべている母親に対し「私は自分が嗜虐的である時だけあなたと心が繋がっている」と言うよう促した。
この言葉は過去と現在をひとつにする言葉で、今まで母との心のつながりを持つ事ができなかったキャシーだったが皮肉なことに嗜虐的になることにより、母とつながりを持つことができた。人はこのようにして、「自分がなりたくないもの」になってしまうのだ。
この一連の動作をすることにより、キャシーは嗜虐性のある自分の行動に責任を持ち、自分は母親とのつながりがあることを認め、同時に心の奥底にあった感情を感じ取り、自分を落ち着かせるものを思い浮かべることができ、また、母との親子関係と自分の今までの行動に新奇性を見出すことができた。
セッションの終わりには彼女はとても心が軽くなり、ある意味生き返ったようだった。私は、これからも自分が感情的になってしまう時にはいつでも今の一連の動作をするようすすめた。
キャシーはこのような幼少期を過ごしたため、結婚生活の中でも色々な問題があった。彼女は時には愛情に満ちあふれていたが、時にはとても疑い深くなり、母親のように情緒不安定で相手を非難することもあった。彼女は自分が母親と同じようになってしまったことに恐れを感じ、それが夫を傷つけていることも知っていた。
しかし彼女はなかなかその悪循環から抜け出すことができなかった。そしてなにかのはずみで感情的になると、母親のように批判的で怒りに満ちた自分にどうしてももどってしまうのだ。しかし彼女はこのような自分が夫婦関係を破壊しているのが分かっていたので、私に助けを求めてきた。
ゲシュタルトでは問題から逃げるよりもその問題を突き止めるべく面と向かって対立していくのです。キャシーの「問題」は、自分がなりたくないものになりつつある、ということだった。問題の一部として「母親のような自分」に対して抵抗がある、というのも見られるが、彼女が自分の人格を変えることは求めていない。もし彼女を全く別の人格へ変えようとするのであれば、問題を面と向かって見つめるのではなく、ただそれに「適用して」いき、本当の解決にはならないからだ。
私がキャシーの母親の行動は嗜虐的であると指摘すると、キャシーは同意した。私は更に、キャシー自身の行動も同じような性質があるといった。これは少しきつい言い方だったが、キャシーは自分の行動がまわりにどのような影響を与えているか分かっていたので、私の言いたいことを理解してくれた。
なのでわたしは彼女に「わたしが今感じている痛みをあなたにも感じて欲しい」と言葉にするよう促した。こうすることで今までの嗜虐的な関係をあらわにすることができ、彼女自身に自分の気持ちを理解させようとした。キャシーの母親も「母と同じようになった」キャシーも、お互い非常な痛みをかかえており、二人の嗜虐的な行動は心の奥底にある痛みを表していた。
キャシーは少し躊躇したが、私が言った言葉を口にしてみた。それを言葉にすることで、自分は今まで「痛みの中に生きてきたのだ」ということを改めて感じ取った。
こうして自分自身の嗜虐性と向き合うことで、それにコントロールされるのではなく、キャシーが自分の行動をコントロールすることができるようになった。
私はもう少し難易度をあげ、今度はキャシーが感情的になっている時を過程し、そのシチュエーションの中で夫に語りかけているのを想像するように促した。彼女はさきほどと同じ言葉を繰り返した。私はキャシーに自分の感情にふりまわされず、しっかりと自分の感情を見つめ、今体の中にどのようなものを感じるかを考える様うながした。
彼女は吐き気と憎しみ、そして羞恥心と同時に快楽を感じると言った。
これらの言葉はまさに彼女が感情的になっている時の気持ちを言い表していた。こうして「嗜虐性」に真っ向から体当たりしその人の感情を引き出すことにより、ただ何が起きているかを話すのではなく、物事の中核へ到達することができる。自分の中で何が起きているか、その中心にキャシーをたたせることで、実存主義へと導くことができる。今度は彼女にゆっくりと呼吸をし、体の中心を見つけるよう促した。そして、彼女の母親が嗜虐的な笑みを浮かべているのを想像するように言った。彼女はまたもや吐き気と、緊張感と不安を感じた。そこで私は彼女に自分を強くしてくれるものを想像するように言うと、彼女はお釈迦様を思い浮かべた。お釈迦様を思い浮かべると彼女は落ち着きをとりもどした。
次に私はキャシーに母親を思い浮かべそこからでてくる感情を感じ取り、今度はお釈迦様を思い浮かべ、気持ちを落ち着ける、その一覧の動作を繰り返すよう促した。
そして心の中で思い浮かべている母親に対し「私は自分が嗜虐的である時だけあなたと心が繋がっている」と言うよう促した。
この言葉は過去と現在をひとつにする言葉で、今まで母との心のつながりを持つ事ができなかったキャシーだったが皮肉なことに嗜虐的になることにより、母とつながりを持つことができた。人はこのようにして、「自分がなりたくないもの」になってしまうのだ。
この一連の動作をすることにより、キャシーは嗜虐性のある自分の行動に責任を持ち、自分は母親とのつながりがあることを認め、同時に心の奥底にあった感情を感じ取り、自分を落ち着かせるものを思い浮かべることができ、また、母との親子関係と自分の今までの行動に新奇性を見出すことができた。
セッションの終わりには彼女はとても心が軽くなり、ある意味生き返ったようだった。私は、これからも自分が感情的になってしまう時にはいつでも今の一連の動作をするようすすめた。
2016年2月4日木曜日
Case #64 - 正しい判断か、それとも狂った判断か

ザックはいつも女性関係で問題があった。彼の現在の彼女のマルタは「たいへん」だと彼はいっていた。彼女はとてもアーティスティックで、楽しい性格で、社会性や政治に関してザックと同じ考えを持っていた。また、今まで付き合った女性とは違って、マルタは色々な面で彼を受け入れてくれていた。ザックは彼女と一緒にいて楽しかったが、彼女のことでどうしても受け入れられないこともあった。例えば、彼女はマリファナをすっていたが、彼はすわなかった。彼女はポルノを見るのが好きだったが、彼はそうではなかった。また彼女は複数の性的パートナーを求めていたが、彼はそうはしたくなかった。彼はマルタの「ワイルド」な一面が好きだったが、同時にそれは彼を苦しめた。
彼はマルタが感情的に不安定だと分かっていたが、彼なら彼女を助けることができると思った。彼はまたもや女性関係で「失敗」をし別れたくなかったので、彼はマルタと2年間ずっと付き合っていた。しかし彼女は精神的不安定な時が多く、たまに凄い剣幕で彼にどなったりした。
話を聞いていると、マルタと一緒にいるのはよくなさそうだったが、ザックは彼女を手放すことができなかった。彼は自分の愛が彼女を変えることができる、ものごとは良い方向へすすむ、そう考えていたのだ。
なので私は彼につきつけてみた。
それでは、これからも状況がよくならなかったら、どうするのか。
もし彼女が変わらなかったら?
もし彼女が変わりたくなかったら?
彼女が一夫一妻制に賛成しなかったら?
これらの質問は彼にとってとてもつらい質問だった。ザックは今の現実よりも、自分の願いや思いしか見ていなかったため、私はこのようにはっきりと聞いたのだ。それに彼は「もしこうだったら。。。?」という問いや、それらに関しての自分の気持ちを見ない様にしていたからだ。彼は夢を見ることにより、自分の現実から離れてしまっていた。
ゲシュタルト法は「現在」というものにフォーカスしていて、特に今現在起こっていることに注目を向けるのだ。ザックのように「現在」から目を背けようとしている人が沢山いる中で、ゲシュタルト法はそのような人々が本当の意味で「今を生きる」ことができるよう助けを差し伸べているのだ。
このプロセスを通して、ザックは自分がこのような生活をずっとしたくない、ということをやっと理解し、このような意味のない「彼女のお世話」は続けたくないと思い、もし彼女が変わらないのなら、この関係を手放さないといけないということをやっと理解することができた。
私は彼に自分の考えをうえつけないよう、注意した。 実存主義というのは、自分が人生の中で判断したことは自分自身の決断であり、それらの結果が予想していたものであると、予想していたものと違おうと、責任を持って生きて行くというものだ。私のここでの役割はクライアントに自分の持っている選択肢を見せ、それらを選び取ることによりどのような結果が生み出されるかを理解させ、一歩すすみ自分の人生を本当の意味で生きる、ということだった。大事なのは、他の人や状況によってではなく、自分自身で人生の決断をしていくということだ。
もし彼がマルタと一緒にいることを選びとるなら、彼女を変えようとして自分の思いを押し付けるのではなく、彼女をありのままで受け止めないといけない。彼が自分の「計画」を手放すのは難しかったが、それを手放しマルタを受け止めた時、彼に残っているものはごくわずかなものであるということを彼は知るだろう。
しかし、どんなにこれが正論だったとしても、このような決断をするのは簡単ではなかった。
なので、私はあるロールプレイをしてもらうことにした。それは、彼のマルタとの関係を手放したい自分と、そのまま彼女とずっといたいという自分との対話だった。
それをすることにより、あることが明確になった。それは、彼のしがみついている部分は彼の子供っぽく、感情的な部分であるということだった。彼の「手放したい」自分はもっと理論的に考えて、物事を切り離すことのできる一部だった。彼がどんなに「理論的」で「正しい」決断をしたからといって、状況が解決されるわけではなかった。彼の子供である部分、いわゆる感情的な部分も、一緒に相談させてあげないといけなかった。なので、この対話はただ言葉による対話だけでなく、2つの自分---「理論的」である自分と「感情的な」自分---の間のそれぞれの気持ちを汲み取る必要があったので、しばらく時間がかかった。
だが、だんだんとお互いが融合し、なんとか同意する結論を出す事ができた。それは「子供らしい自分」もきちんと受け入れられた結論であった。こうしてセッションは終わったが、私はこれで終わりではない事は分かっていた。この問題は、また今後のセラピーを通して取り扱っていくべきものであったからだ。
フリッツ・パールスはこのような2つの人格を支配者(topdog) と負け犬(underdog)とよび、私たちがどんなに冷静に、理論的に考えているつもりでも、その表面を支配しているもう一つの自分(topdog)がいる、と言っている。今回のケースでは理論的で正しいことを言うだけでは十分ではなかった。そのため、私たちはtopdogの表面で見える人格ばかり取り扱わない様、気をつけなければいけない。
彼はマルタが感情的に不安定だと分かっていたが、彼なら彼女を助けることができると思った。彼はまたもや女性関係で「失敗」をし別れたくなかったので、彼はマルタと2年間ずっと付き合っていた。しかし彼女は精神的不安定な時が多く、たまに凄い剣幕で彼にどなったりした。
話を聞いていると、マルタと一緒にいるのはよくなさそうだったが、ザックは彼女を手放すことができなかった。彼は自分の愛が彼女を変えることができる、ものごとは良い方向へすすむ、そう考えていたのだ。
なので私は彼につきつけてみた。
それでは、これからも状況がよくならなかったら、どうするのか。
もし彼女が変わらなかったら?
もし彼女が変わりたくなかったら?
彼女が一夫一妻制に賛成しなかったら?
これらの質問は彼にとってとてもつらい質問だった。ザックは今の現実よりも、自分の願いや思いしか見ていなかったため、私はこのようにはっきりと聞いたのだ。それに彼は「もしこうだったら。。。?」という問いや、それらに関しての自分の気持ちを見ない様にしていたからだ。彼は夢を見ることにより、自分の現実から離れてしまっていた。
ゲシュタルト法は「現在」というものにフォーカスしていて、特に今現在起こっていることに注目を向けるのだ。ザックのように「現在」から目を背けようとしている人が沢山いる中で、ゲシュタルト法はそのような人々が本当の意味で「今を生きる」ことができるよう助けを差し伸べているのだ。
このプロセスを通して、ザックは自分がこのような生活をずっとしたくない、ということをやっと理解し、このような意味のない「彼女のお世話」は続けたくないと思い、もし彼女が変わらないのなら、この関係を手放さないといけないということをやっと理解することができた。
私は彼に自分の考えをうえつけないよう、注意した。 実存主義というのは、自分が人生の中で判断したことは自分自身の決断であり、それらの結果が予想していたものであると、予想していたものと違おうと、責任を持って生きて行くというものだ。私のここでの役割はクライアントに自分の持っている選択肢を見せ、それらを選び取ることによりどのような結果が生み出されるかを理解させ、一歩すすみ自分の人生を本当の意味で生きる、ということだった。大事なのは、他の人や状況によってではなく、自分自身で人生の決断をしていくということだ。
もし彼がマルタと一緒にいることを選びとるなら、彼女を変えようとして自分の思いを押し付けるのではなく、彼女をありのままで受け止めないといけない。彼が自分の「計画」を手放すのは難しかったが、それを手放しマルタを受け止めた時、彼に残っているものはごくわずかなものであるということを彼は知るだろう。
しかし、どんなにこれが正論だったとしても、このような決断をするのは簡単ではなかった。
なので、私はあるロールプレイをしてもらうことにした。それは、彼のマルタとの関係を手放したい自分と、そのまま彼女とずっといたいという自分との対話だった。
それをすることにより、あることが明確になった。それは、彼のしがみついている部分は彼の子供っぽく、感情的な部分であるということだった。彼の「手放したい」自分はもっと理論的に考えて、物事を切り離すことのできる一部だった。彼がどんなに「理論的」で「正しい」決断をしたからといって、状況が解決されるわけではなかった。彼の子供である部分、いわゆる感情的な部分も、一緒に相談させてあげないといけなかった。なので、この対話はただ言葉による対話だけでなく、2つの自分---「理論的」である自分と「感情的な」自分---の間のそれぞれの気持ちを汲み取る必要があったので、しばらく時間がかかった。
だが、だんだんとお互いが融合し、なんとか同意する結論を出す事ができた。それは「子供らしい自分」もきちんと受け入れられた結論であった。こうしてセッションは終わったが、私はこれで終わりではない事は分かっていた。この問題は、また今後のセラピーを通して取り扱っていくべきものであったからだ。
フリッツ・パールスはこのような2つの人格を支配者(topdog) と負け犬(underdog)とよび、私たちがどんなに冷静に、理論的に考えているつもりでも、その表面を支配しているもう一つの自分(topdog)がいる、と言っている。今回のケースでは理論的で正しいことを言うだけでは十分ではなかった。そのため、私たちはtopdogの表面で見える人格ばかり取り扱わない様、気をつけなければいけない。
2016年1月21日木曜日
Case #62 - メデゥーサ

トレイシーはある夢を見ました。彼女はある男を殺して、彼を戸棚の中に隠したのです。そして、彼女は周りにばれないように証拠を隠滅しようとしました。彼女は心の奥底で自分の母親に責任を押し付けようと思っていました。彼女が廊下を歩いると探偵であり、心理学者でもある男性に会いました。歩いて行く時に彼らの手が触れ合いました。彼女は、夢の中で彼にも自分がしたことがばれないようどうしたらいいかを考えていました。バックグラウンドではサスペンスでよく使われる音楽が流れていました。
私たちは、ゲシュタルト法を用いて彼女の夢の意味を探っていきました。
私はそれが現在起こっているかのように、それを再び語るよう彼女を促しました。そうすることにより、「夢」を無意識から意識のあるところに持って行こうとしたのです。
彼女が話している最中、わたしはたまに彼女をとめて、今どのように感じているか具体的に語ってもらうようお願いしましたー例えば彼女が殺した男について、など。
そして、私は彼女に自分が殺した男になりきり、彼であるかのように話すように、と言いました。
「男」(になりきったトレイシー)は、トレイシーは冷たく、計算高く、タフだと言った。
彼女が「自分」に戻ったとき、彼女は、笑い、身をよじり、「男」に言われたことを受け入れたくないようであった。
次は心理学者との対面に関して話す番だった。夢の中で、彼女はに真実がばれないようがんばっていたのだ。
今度は彼女は、心理学者を演じた。「彼」は、トレイシーがとても強くパワフルな人間で、彼女からは何も探りだすことができない、と感じていた。
わたしはまた彼女に焦点を戻し、彼女が自分で出した「パワフルで、 冷淡で、計算高く、タフである」という言葉を繰り返した。それに対し、彼女は自分がサディスティックな感じでもあると思う、と付け加えた。なのでこれらの言葉をまとめてみた。
わたしはグループから二人の女性にに出て来てもらい、それらの資質を具現化するようお願いした。それから私は女性たちと同じことをトレイシーにするようお願いした。彼女はそれをすることに戸惑い、つい笑ってごまかそうとしてしまったが、私は、この「実験」を続けて、その強力な女性としての自分自身を感じるように彼女を励ました。わたしは一人には死体の役をお願いし、他の誰かには、あたかも自分は誰も傷つけたことがないような、無罪を主張している彼女の一部を演じるようにお願いした。
そして、私は「人を殺すことができる」ようなするどい目つきでグループの男性何人かを見るよう彼女に指示した。彼女は自分の力を感じたが、やはり笑ってしまった。しかし、彼女は笑っているとき、自分が悪女のように笑っているのを感じると言った。笑い、というのはほとんどの場合、しっかり物事を体験しないで逃れようとする責任回避のひとつでもあるのです。
私は彼女にお腹から息をするように言った。それは、彼女が上のほうを向いて高いところから呼吸をしているように見えたからだ。
彼女が言われた通りすると、自分の胃の中に石があるかのように感じると言った。そして、その直後に心臓の血管がつまっている感じがする、と。私は彼女に呼吸を続ける様に促し、井の中の石を感じ取ると同時に、彼女の内なるパワーを感じるよう促した。
彼女は、これは、両親から拒否された経験と、自分が今まで性欲を抑制していたことが理由だと述べた。彼女は手に短剣を持っているように感じ、それをつねに手の中でまわしている感覚を持っていたのである。彼女はなんとなく、視線ひとつで男を石に変えてしまうメデューサのように自分を思っていた。彼女はそのことを考えるとき、自分の中で楽しい性的な感情がわいてくることを述べた。
彼女は今までとは違う表情をしており、真剣になっていた。先ほどは全く違う人かのようにはるかに深刻な表情で、もはや笑いや「無邪気な」自分は見せていなかった。
やっと彼女は自分の中にあるパワーを認めはじめることができたのです。自分の内なるパワーを理解することにより、彼女は自分の中にある全てのもの、それはキラー(殺し屋)である自分、セクシーな自分、そして女性としてのパワーを持つ自分、を体験することができたのです。
ゲシュタルト法では、私たちが自分で自覚していない部分こそが危険性を持つ、と考えられている。クライアントが自分の中にある未知なるものを意識することにより、全ての要素を取り入れて、物事を考えることができ、ある意味「自分の行動に責任をとることができる」のである。これこそがゲシュタルトの求めている存在性なのだ。それは、クライアントに対し解決策や道徳的な知恵を与えるのではなく、人々が自分のうちなる存在全てを認めることへと導き、そのようにしてそれぞれ自分の願いを正直に出すことができるように、セラピストは導くのだ。
今回のセッションではわたしはエネルギーがどう動いているかに集中し、トレイシーが目を背けていた自分(自分の攻撃性やパワーなど)をしっかりと見つめるよう促した。彼女はこのような自分の一面を認める事がなかなかできなかったが、今回のセッションを通し、彼女は今まで納得のいかないまま受け入れていたものをやっと解放することができた。
私たちは、ゲシュタルト法を用いて彼女の夢の意味を探っていきました。
私はそれが現在起こっているかのように、それを再び語るよう彼女を促しました。そうすることにより、「夢」を無意識から意識のあるところに持って行こうとしたのです。
彼女が話している最中、わたしはたまに彼女をとめて、今どのように感じているか具体的に語ってもらうようお願いしましたー例えば彼女が殺した男について、など。
そして、私は彼女に自分が殺した男になりきり、彼であるかのように話すように、と言いました。
「男」(になりきったトレイシー)は、トレイシーは冷たく、計算高く、タフだと言った。
彼女が「自分」に戻ったとき、彼女は、笑い、身をよじり、「男」に言われたことを受け入れたくないようであった。
次は心理学者との対面に関して話す番だった。夢の中で、彼女はに真実がばれないようがんばっていたのだ。
今度は彼女は、心理学者を演じた。「彼」は、トレイシーがとても強くパワフルな人間で、彼女からは何も探りだすことができない、と感じていた。
わたしはまた彼女に焦点を戻し、彼女が自分で出した「パワフルで、 冷淡で、計算高く、タフである」という言葉を繰り返した。それに対し、彼女は自分がサディスティックな感じでもあると思う、と付け加えた。なのでこれらの言葉をまとめてみた。
わたしはグループから二人の女性にに出て来てもらい、それらの資質を具現化するようお願いした。それから私は女性たちと同じことをトレイシーにするようお願いした。彼女はそれをすることに戸惑い、つい笑ってごまかそうとしてしまったが、私は、この「実験」を続けて、その強力な女性としての自分自身を感じるように彼女を励ました。わたしは一人には死体の役をお願いし、他の誰かには、あたかも自分は誰も傷つけたことがないような、無罪を主張している彼女の一部を演じるようにお願いした。
そして、私は「人を殺すことができる」ようなするどい目つきでグループの男性何人かを見るよう彼女に指示した。彼女は自分の力を感じたが、やはり笑ってしまった。しかし、彼女は笑っているとき、自分が悪女のように笑っているのを感じると言った。笑い、というのはほとんどの場合、しっかり物事を体験しないで逃れようとする責任回避のひとつでもあるのです。
私は彼女にお腹から息をするように言った。それは、彼女が上のほうを向いて高いところから呼吸をしているように見えたからだ。
彼女が言われた通りすると、自分の胃の中に石があるかのように感じると言った。そして、その直後に心臓の血管がつまっている感じがする、と。私は彼女に呼吸を続ける様に促し、井の中の石を感じ取ると同時に、彼女の内なるパワーを感じるよう促した。
彼女は、これは、両親から拒否された経験と、自分が今まで性欲を抑制していたことが理由だと述べた。彼女は手に短剣を持っているように感じ、それをつねに手の中でまわしている感覚を持っていたのである。彼女はなんとなく、視線ひとつで男を石に変えてしまうメデューサのように自分を思っていた。彼女はそのことを考えるとき、自分の中で楽しい性的な感情がわいてくることを述べた。
彼女は今までとは違う表情をしており、真剣になっていた。先ほどは全く違う人かのようにはるかに深刻な表情で、もはや笑いや「無邪気な」自分は見せていなかった。
やっと彼女は自分の中にあるパワーを認めはじめることができたのです。自分の内なるパワーを理解することにより、彼女は自分の中にある全てのもの、それはキラー(殺し屋)である自分、セクシーな自分、そして女性としてのパワーを持つ自分、を体験することができたのです。
ゲシュタルト法では、私たちが自分で自覚していない部分こそが危険性を持つ、と考えられている。クライアントが自分の中にある未知なるものを意識することにより、全ての要素を取り入れて、物事を考えることができ、ある意味「自分の行動に責任をとることができる」のである。これこそがゲシュタルトの求めている存在性なのだ。それは、クライアントに対し解決策や道徳的な知恵を与えるのではなく、人々が自分のうちなる存在全てを認めることへと導き、そのようにしてそれぞれ自分の願いを正直に出すことができるように、セラピストは導くのだ。
今回のセッションではわたしはエネルギーがどう動いているかに集中し、トレイシーが目を背けていた自分(自分の攻撃性やパワーなど)をしっかりと見つめるよう促した。彼女はこのような自分の一面を認める事がなかなかできなかったが、今回のセッションを通し、彼女は今まで納得のいかないまま受け入れていたものをやっと解放することができた。
2016年1月13日水曜日
Case #61 - 自分の性的感情を認める

リンダは33歳で独身だった。彼女は男友達はたくさんいたが、みんな「ただの友達」だった。そしてなかなか「お友達」からロマンチックな関係にはつながらなかった。
今回の彼女の目標は自分の中にある「未知なる自分」を探すことだった。わたしは彼女との共通点を探っていくために、まずはわたし自身も「未知なるもの」に興味があることを示して行った。わたしたちは、お互いのことをまだあまり知らないということを指摘し、そしてわたしが彼女について知りたいことを話した後に、彼女もわたしに何か質問をするように促した。ゲシュタルト法では、はっきりとしていない、もやもやとしていてる土台を「創造的虚空」と呼び、未だ分からない未知なるものをクライアントから引き出すためにセラピストが用いることがある。
彼女は両親に貼られた「いい子」というレッテルがいやでいやで仕方がないことを話してくれた。彼女は両親がいつもリンダが付き合う男の子たちを認めてくれなく、リンダは良く両親の目をさけてボーイフレンドたちと合うために窓から忍び出て行ったことを教えてくれた。彼女は自分の意思で考え、自分の人生を形成していきたかったが、どうしてもそれが難しかったのだと打ち明けてくれた。
これらを全部組み合わせると、リンダは自分の女性らしさというものに問題をかかえているようだった。彼女が「いい子」になろうとするがゆえに男性との関係において完全に女性らしさを出すことができなく、そのために友達以上の関係になることができなかったし、またそれ以上の関係になっても自分からまた「友達関係」にもどそうとしてしまうのだった。
わたしのチャレンジは彼女が自分の女性としての性的魅力を認めるためにどのようなことができるかということだった。わたしは他の参加者に声をかけ、自分のことをバッドガール(性悪女)だと思っている女性はいないか聞いてみた。ただひとり、マルチーナが手をあげた。わたしはリンダに「バッドガール」とはどいうものか教えてあげるようにマルチーナにいった。ゲシュタルト法ではコミュニティのサポートを利用することを大切にしており、特に自分の性に関してなどの敏感なトピックは、自分一人だけが問題をかかえているのではないこと、また自分がさらされているという思いが少しでも軽減され、ほかの人達と一体感を持ち、そのことが恥ではないということを感じることができるよう、まわりのサポートをうながしている。
マルチーナは自分にとって「バッドガール」とは「いい子」「悪い子」ということよりも、他人に決められたことではなく自分で物事を決め、自分にとっては何が良いのかということを判断することだ、と教えてくれた。
そこでわたしはリンダに焦点をもどし、彼女が今どのような気持ちでいるか聞いた。彼女はいつも自分の体に対しては敏感ではなかったので、自分が何を欲していて何を求めているのかが分からないと答えた。このことは彼女の性というものを探っていくなかで、あきらかに障害になりそうなことだった。
リンダが自分の性をみつめ自分の一部として受け入れることができるよう、わたしはあるアクティビティを試みた。このアクティビティはとても慎重に行わねばならないものだったので、わたしはリンダに自分がやりたいことだけ選び、必要だったらアクティビティを中断することも可能だと伝えた。また、このアクティビティにおけるルール(境界線)も説明した。それはグループでのみやるべきことであることと、アクティビティに参加する男性は彼女のサポート役となるためだけに参加するということ。
性に関してのカウンセリングにおいてははっきりとした境界線をはじめに引いておくことがとても大切です。
わたしはリンダにこのグループの中で一番魅力的な男性を選ぶ様にと言った。そしてお互い向き合って立つように指示した。リンダに今何を感じているかを聞くと、彼女は少し緊張しているが他には特に何も感じていないと言った。わたしはリンダに体の中のエネルギーを循環させながら呼吸をし、男性を見つめるように促した。彼女はわたしの言った通りにしたが、何回か繰り返すうちに「彼はもうそこまで魅力的に感じないわ」と言った。それは彼女は自分のうちの性的なエネルギーを抑え、いつもの通り「お友達」へと変えていたからだ。わたしはリンダにそれを指摘し、彼女が本当に未知なるものを見つける心の準備ができているかを聞いた。こう聞くことにより彼女がもともと言っていた「未知なる世界」の発見を助けることになったし、彼女のほうから言って来たことだったので、もしかすると肯定的に受け止めてくれると思ったからだ。
彼女はわたしの提案に賛成したので、彼女に呼吸を続けながら相手の男性を見、自分の身体のどの部分で快楽を感じ、またどのようにそれを感じるかを考えてみるようにと言った。はじめは特に何もなかった。しかし、少ししてから彼女は上半身にあついものを感じた。わたしは彼女を励まし続け、呼吸を続けるように促した。また少し経ってから、彼女は自分の体の中にあるあついものが上半身からお腹のあたりまで、そして腰のあたりまでエネルギーが動いていくのを感じることができた。
アクティビティで相手の役をしてくれた男性はこの体験を通して彼が気づいたことを話してくれ、私たちはその後しばらく色々と話し合った。
彼女は今までセックスの時以外は意識的にこのようなエネルギーを感じることができなかったので、この体験は彼女にとっては大きなステップだった。彼女は自分が持っているパワーやそれをどのように持ち出し、男性との関係で引き出して行くことができるのかを今まで知らなかったのだ。
心理療法で「性(セクシュアリティ)」はとてもデリケートで難解なトピックである。セラピストがしっかりとした境界線を引かないと権利乱用や虐待へとつながることもあるので気をつけないといけない。
しかしながら性の面で精神的治療が必要な人は沢山いて、他のどこでもそのような助けをうけることはできないであるから、セラピストがこのトピックを恥ずかしがって逃げてしまうのもよくない。
今回のアクティビティは沢山のサポートの中でゆっくりと、クライアントのペースで彼女にとっての「未知なるもの」を探って行くものだった。
彼女の両親との関係で「解決すべきこと」について話すこともできたが、彼女はこの新しい体験を経験する準備ができていて、過去にしばられたくなかったので、一歩踏み出すことができた。
多くの人は何かに関して自分の中の意識を遮ってしまっていることがある。「性」については特に多くの人が考えない様にしてしまうトピックのひとつである。それは時には過去のトラウマによるものでもあるが、社会的な要素や家族から無意識に伝わったことにより性的な感情を抑制してしまっている。
このような様々な理由により抑制されてしまっている性的感情を取り戻すために「なんでもあり」の性という考えを導入しようとしても逆効果になる。そのためゲシュタルトセラピーでは「性」というものがおおぴらに表現されているものでもなく、抑制されたものでもなく、私たちの人間としての存在の中で自然なものとして表現されることを目的としている。
2016年1月6日水曜日
Case #60 - 憎悪と愛情

わたしはジェレミーとミランダ夫妻が自分たちの心にひそんでいる攻撃性や怒りに触れることができるよう、お互い手のひらをあわせ押し合うアクティビティを提案した。
しかしこのアクティビティが終わったあと、ミランダは怒りだしてしまった。彼女は夫のジェレミーに対してとても腹を立てており、彼との関係に行き場を失っていた。というのは、彼女にとって大切な話があるとジェレミーはすぐ冗談を言い、笑って真剣に話を受け止めてくれないからだ。彼女は彼のこのような性格に大変怒りを感じており、ジェレミーが彼女のことを全く見てくれてないと感じていた。
そこでわたしは、ジェレミーとミランダをお互い向き合わせ、ミランダに夫に「わたしは今、あなたのことが嫌いよ」と言うようにと言った。
このような表現はゲシュタルト法で用いられる方法で、相手との心のつながりをつくることができる表現だ。このように言うことは相手のせいにしていないし、自分の気持ちを素直に表情しているし、とても淡々として分かりやすい。
彼女がわたしが言った通りに夫に言うと、夫は爆笑しはじめた。
このように笑うことは楽しみを表すこともあるが、今回ミランダが自分の大切な気持ちをはっきりと伝えようとしている時に笑うというのは、相手をシャットアウトし蔑むことになり、このような行動をゲシュタルトでは「逸脱」と呼んでいる。
彼の笑いは妻の怒りを正直に受け止めることができない自分を隠す道具となっており、彼女と向き合って怒りを受け止めることができない自分を隠していた。
なのでわたしは彼が真剣に妻の話を聞く事ができるように、お腹から呼吸をし、あごをリラックスするように言い、彼が妻の怒りに圧倒されてそれを受け止めるのがいかに難しいことであろうかということを言った。
彼はなかなかまじめになることができなく、ジェレミーが笑いを発する度にミランダの怒りは激しくなり、「この人はいつも真剣な話をしようとするとこうなのよ!」と怒った。
わたしの助けによりやっとジェレミーはなんとか真剣になりミランダの話に耳を傾けはじめることができたので、わたしはミランダに気がすむまで何度も夫にはっきりと先ほどの「今、わたしはあなたのことが嫌いだわ」という言葉を繰り返すように促した。
彼女は激しい感情の中で何度も何度もこの言葉を繰り返した。彼女がやっと全てはきだすと、落ち着きを取り戻した。そして自分があまりにも正直に怒りを表すと、ジェレミーが彼女のもとを去ってしまうのではと恐れていることを打ち明けてくれた。
わたしはジェレミーにそんなことはないと妻に言ってあげるように促した。彼もまた妻が自分のもとを去ってしまうのではと恐れていることを話はじめたが、まだミランダは自分の言いたい事を全部言い終えていなく、それを言うまで夫の言い分を受け止める余裕はなかったので、わたしは言いかけたジェレミーを止めた。
ミランダは話を終え落ち着きを取り戻し、自分がどれほど夫を愛しているかを彼に話した。ジェレミーもまた自分の気持ちを妻に正直に話すことができ、夫婦の間には目に見えてわかる強く、深い絆が生まれた。
ゲシュタルト法では人々が自分の心を正直に、かつはっきりと相手に伝えることができるようクライアントをサポートするのが目的である。これらの目的を達成することにより他のことも自然と解決へと導かれる。またこれらのことを達成するためには感情を探り出す助け、実際的な言動のサポート、そして抑制を必要としている。
しかしこのアクティビティが終わったあと、ミランダは怒りだしてしまった。彼女は夫のジェレミーに対してとても腹を立てており、彼との関係に行き場を失っていた。というのは、彼女にとって大切な話があるとジェレミーはすぐ冗談を言い、笑って真剣に話を受け止めてくれないからだ。彼女は彼のこのような性格に大変怒りを感じており、ジェレミーが彼女のことを全く見てくれてないと感じていた。
そこでわたしは、ジェレミーとミランダをお互い向き合わせ、ミランダに夫に「わたしは今、あなたのことが嫌いよ」と言うようにと言った。
このような表現はゲシュタルト法で用いられる方法で、相手との心のつながりをつくることができる表現だ。このように言うことは相手のせいにしていないし、自分の気持ちを素直に表情しているし、とても淡々として分かりやすい。
彼女がわたしが言った通りに夫に言うと、夫は爆笑しはじめた。
このように笑うことは楽しみを表すこともあるが、今回ミランダが自分の大切な気持ちをはっきりと伝えようとしている時に笑うというのは、相手をシャットアウトし蔑むことになり、このような行動をゲシュタルトでは「逸脱」と呼んでいる。
彼の笑いは妻の怒りを正直に受け止めることができない自分を隠す道具となっており、彼女と向き合って怒りを受け止めることができない自分を隠していた。
なのでわたしは彼が真剣に妻の話を聞く事ができるように、お腹から呼吸をし、あごをリラックスするように言い、彼が妻の怒りに圧倒されてそれを受け止めるのがいかに難しいことであろうかということを言った。
彼はなかなかまじめになることができなく、ジェレミーが笑いを発する度にミランダの怒りは激しくなり、「この人はいつも真剣な話をしようとするとこうなのよ!」と怒った。
わたしの助けによりやっとジェレミーはなんとか真剣になりミランダの話に耳を傾けはじめることができたので、わたしはミランダに気がすむまで何度も夫にはっきりと先ほどの「今、わたしはあなたのことが嫌いだわ」という言葉を繰り返すように促した。
彼女は激しい感情の中で何度も何度もこの言葉を繰り返した。彼女がやっと全てはきだすと、落ち着きを取り戻した。そして自分があまりにも正直に怒りを表すと、ジェレミーが彼女のもとを去ってしまうのではと恐れていることを打ち明けてくれた。
わたしはジェレミーにそんなことはないと妻に言ってあげるように促した。彼もまた妻が自分のもとを去ってしまうのではと恐れていることを話はじめたが、まだミランダは自分の言いたい事を全部言い終えていなく、それを言うまで夫の言い分を受け止める余裕はなかったので、わたしは言いかけたジェレミーを止めた。
ミランダは話を終え落ち着きを取り戻し、自分がどれほど夫を愛しているかを彼に話した。ジェレミーもまた自分の気持ちを妻に正直に話すことができ、夫婦の間には目に見えてわかる強く、深い絆が生まれた。
ゲシュタルト法では人々が自分の心を正直に、かつはっきりと相手に伝えることができるようクライアントをサポートするのが目的である。これらの目的を達成することにより他のことも自然と解決へと導かれる。またこれらのことを達成するためには感情を探り出す助け、実際的な言動のサポート、そして抑制を必要としている。
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